ピエモンテのハーブ農家になる日(パパ): 2007年9月アーカイブ

私たちの住むアクイテルメは、今時マクドナルドもないイタリアでもかなりの田舎町です。中華レストランは1軒ありますが、時折生魚を食べたくなることが無性にあって、そんな時には近隣で最も都会なジェノバまで足を運んだりします。

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何件かある日本風なレストランの中で、中心地から若干外れたショッピングセンターの中にあるこの寿司レストラン「鮮~せん」には以前一度昼間に足を運んでいたことがあり、寿司一人前が18EUROというお値ごろ感(現地では安い)と、まあまあのお味だった記憶に気を良くして、今回はディナーで訪ねてみました。

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すると、昼には稼動していない回転すしコーナーが動いていまして、何の疑念もなくカウンターの席に案内してもらいます。イタリア人には早い時間でしたが、それでも結構な人たちが既に席を埋めかけています。席に着くなり、「お一人様19.99EUROで回転すし食べ放題!」というメニューを見て家族全員で驚嘆します!「おっしゃ~、今夜は食い尽くすぜ!」なんて、日本語ではしゃぎまわります。

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店員が、食い放題で良いのかと言う確認にも即座にOKを出し、子供は半額ということで、尚興奮!「それ、みんなとっかかれ~!」でコンベアーに目を向けると・・・あれ?

流れてくるのは、確かに見覚えのあるプラスティックの丸い皿なのに、その上にあるのは、焼き餃子1個だったり、焼き鳥と思しきものだったり、から揚げだったり・・・・、蓋付汁椀が流れてきたので、「ま、味噌汁でも飲んで頭冷やすか」と引き揚げて蓋を開けると、チャーハンや焼ソバが入っていたり。寿司と思しきものは、寿司飯に、蟹カマボコを薄くきったものと、サーモンと、カリフォルニア風のツナ巻きの3種類のみで、しかも極限定数量。結局流れてくるのは中華、中華、中華・・・ということで、これって回転中華なのね!

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結局、喰い放題以外に2人前のすし盛り合わせを別途注文して、生魚への欲望は最小限満たしたものの、4人で70EURO(+寿司盛りその他で50EUROの計120EURO)近くも払って中華を食べに来たようなもので、アクイでも4人で50EURO以内で腹いっぱい美味しい中華が食べられることを考えると、不注意とは言え、そりゃもう、あなた、交通事故そのものですよ。コンベアーのメニューで唯一美味しかったと思えるのは、写真のメロンだったんですけど、一玉1EUROもしない価格である現地では、1000皿食べても追いつかない出費だったりします。慎ましくイタリアの山で暮らす日本人一家を襲った、秋の風をより冷涼に感じる夜の出来事でした。はぁ~・・・

デメターの証

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無農薬栽培葡萄を使ったワインは数ほどあれど、デメター認証つきワインというのは、ありそうで実はそう多くはありません。シュタイナー自身がアルコールに関して好みでないという前提もあるようですし、そもそもデメターの推奨するバイオダイナミック農法がブドウ栽培にはどうなのか、と疑問を持つ農家や専門家が多いいからもあるようです。

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アントスのジュリオ叔父さんの工房の近くの知り合い(先代で故人の父上)の息子さんで現当主のフランチェスコさんという、、3代前からのワイン農家を11年前に引き継ぎ(デメター認証は先代が1964年に取得)、その農法にて葡萄を栽培し、ワインを造り続けている方の醸造所を訪ねる機会がありました。樽の前にいる方がそのご本人です。

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彼の葡萄畑は約12ヘクタール。この広大な畑を全て手作業で、輝くような葡萄を実らせるまでには、幾多のご苦労があったようですが、それ以前に、何せ、デメター農法に必要な牛の角を使った専用の肥やしを得るためだけに牛を30頭飼い、その資料のためだけにヘクタール級の飼料用草や穀物の畑を同じ敷地内に持ち、更に・・・と永遠とその敷地内で連鎖宇宙を形成している超オタクブリ・・・・
私、これほどまでのイタリア人デメター信者は正直初めてお会いしました。脱帽とかでは済まされない、神々しさを実際感じるありさまです。

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フランチェスコさんの醸造所は小高い丘の上にあり、その眼下には北の方面に広大な水田地帯が広がっています。戦後間もない50年代終わり、水田はあらゆる化学肥料や農薬が散布されるようになった時代でしたが、ベトナム戦争に使用された枯葉剤と似た成分の、除草剤が大量に散布され、その霧のような薬剤が風に乗ってこの丘に辿り着いてから、みるみる葡萄の葉が枯れてゆくのを目の当たりに見た先代の父上が、数で優勢の稲作農家に敢然と意義を唱え、新聞などの媒体を通じて、その窮状を訴え始めます。その記事を読んだ、当時のドイツ本家のデメター協会が、バイオダイナミクス農法を勧めに直接その丘に尋ねてきたのが縁のはじまりでした。まだイタリアデメターが設立される80年代初頭の遥か以前からの骨太なデメター農家の始まりでした。(たぶん、イタリアでは始めてのデメター認定農家)

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80年代初頭でも十分に認知されていなかったデメターですから、当時は尚更です。周辺の同業農家からは、その天体運行にて農作業を行ったりするオタクな農法に、誰もがクレイジー扱いしていた時代です。先代の父君はそれでも、この農法しか農業の未来は維持できないとの頑なな信念で続けることになります。11年前、その父君は、血の滲む苦労で育ててきた葡萄畑のど真ん中で、トラクター作業中に不慮の事故で亡くなられてしまいます。

跡継ぎ候補の長男は、苦労ばかりの多い農家の後を継ぐ意志はなく、二男フランチェスコさんが、無口だが優しかった父の、ブドウ栽培とワインへの情熱を断ち切らせたくない一心で、この葡萄畑と醸造所を告ぐ決意をして今に至ります。

苦労話ばかりですが、それでも彼が語る、デメター農法と、その結果であるこの特徴のある優れたワイン
を語るとき、実はとても穏やかで幸せな顔をしていることにファインダーを通じて見ることができました。「最近、父のワインから、私のワインになってきたように思う」と語る言葉がとても印象的でした。

小さく裏ラベルに記載されたデメターの証、そのマークに惑わされずとも、彼のワインは私たちの体と心にず~っと余韻を残してくれました。お金では買えない至福の人生を得た、一人の人間の味がします。

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